大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)23263号 判決 1994年7月28日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一三九三万五二九三円及びこれに対する平成五年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  当事者

原告は、大正六年に生れ、農業に従事していたが、昭和四五年ころ、家業を長男に譲り無職となり、昭和四六年ころから被告(旧商号「東光証券株式会社」)と株式売買の委託の取引があり、昭和五五年からは被告との間で信用取引も行っていた者である。

被告は、有価証券の売買等の媒介、取次及び代理等を目的とする株式会社である。

坪井良三(以下「坪井」という。)は、被告の従業員であり、被告の鹿沼支店に勤務し、原告の取引の担当者として後記本件各取引を担当した者である。

2  原告が被告に委託して行った株式等の買付け等(以下「本件各取引」という。)

(一) 原告は、平成元年八月一日、大林組株式三〇〇〇株を現物で買い付け、平成二年一月二五日に売却し、一〇九万八二八四円の損失が生じた。

(二) 原告は、平成元年一一月二八日、熊谷組株式六〇〇〇株を信用取引で買い付け、平成三年五月二四日に売却し、三一一万〇三九三円の損失が生じた(ただし、右株式の信用取引による買付けについては、原告から被告への買付け委託の有無が争点となっている。)。

(三) 原告は、平成元年一二月七日、新日本製鉄ワラントの二五ワラントを単価二二ポイント代金三九八万八八七五円で買い付けたが、株式を買い付ける権利を行使しないまま、平成五年二月一六日の権利行使期限を徒過したため、右ワラントは無価値になった。

(四) 原告は、平成二年五月七日、いすゞ自動車株式九〇〇〇株を現物で買い付け、同月一一日、同株式一〇〇〇株を現物で買い付け、同年八月六日に一万株合わせて売却し、四五五万〇三六六円の損失が生じた。

(五) 原告は、平成二年五月二八日、旭硝子株式二〇〇〇株を信用取引で買い付け、同年八月七日に売却し、一一八万三〇二一円の損失が生じた。

二  争点

本件各取引について、坪井において以下の証券取引法規違反の各行為を行ったことにより、被告が原告に対し、債務不履行責任又は不法行為責任を負うか。

1  大林組株式の買付けについて(断定的判断提供禁止違反)

坪井は、原告に対し「野村證券が推奨している。東証信用取引の残高が拮抗している。必ず値が上がるから。」と述べて断定的判断を提供した。

2  熊谷組株式の買付けについて(無断売買)

坪井は、原告のヨーロッパ旅行中に原告に無断で原告名義で買付けを行った。

3  新日本製鉄ワラントの買付けについて

(一) 適合性原則違反

坪井は、原告の資金が老後の生活資金であること、原告の投資経験がそれほどないこと及び原告の投資目的はハイリターンを狙うものではなく安定的運用であったことを知りながら、ワラントの買付けを勧誘し、原告の資力、投資経験及び意向等に適合しないワラントの買付けをさせた。

(二) 説明義務違反

坪井は、原告に対し、「ワラントは期間も長く信用取引より安全で儲かる。」などと説明し、ワラントの商品構造、リスク等を十分に説明しなかった。

(三) 断定的判断提供禁止違反

坪井は、原告に対し「今買ったら利益が得られる。私は会社にいて値動きを十分把握できる。全責任を持つ。」旨述べて断定的判断を提供した。

4  いすゞ自動車株式の買付けについて(断定的判断提供禁止違反)

坪井は、原告に対し「買えば必ず儲かる。」旨述べて断定的判断を提供した。

5  旭硝子株式の信用取引による買付けについて

(一) 断定的判断提供禁止違反

坪井は、原告に対し「野村證券が買うので必ず値が上がる。」旨述べて断定的判断を提供した。

(二) 適合性原則違反

坪井は、原告に、原告の資力、投資経験及び意向等に適合しない信用取引をさせた。

第三  争点に対する判断

一  甲第三、第四号証、第七号証、乙第一、第二号証、第三号証の一ないし三、第四、第五号証、第六号証の一、二、第一〇号証の六及び八、証人坪井良三の証言並びに原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)によれば、以下の事実が認められる。

1  被告の鹿沼支店における原告の取引の担当者は、昭和四六年ころの取引開始当時から証券外務員の角石であったが、同人が仕事を辞めたため、平成元年七月一日から坪井が原告の担当者となった。

原告は、本件各取引の前後に被告において本件各取引を含め、相当多数回の株式現物及び信用取引を行った。原告の株式取引は、坪井の推奨によるものの他、原告自身が、日本経済新聞等から得た情報により買付け銘柄を特定して行うものもあった。

坪井は、月に三、四回は、株式の保護預り証の受渡しのために原告方を訪問し、その際又は電話で株式買付けの推奨を行い、原告もその場又は電話で坪井に株式買付け等の注文を出していた。

2  本件各取引について

(一) 平成元年八月一日の大林組株式三〇〇〇株の買付けについて

坪井は、大林組の高層建築計画を買付けの判断材料にして大林組の買付けを推奨し、原告は買付けの注文を出した。

(二) 平成元年一一月二八日の熊谷組株式六〇〇〇株の買付けについて

原告は、ヨーロッパ旅行のため、同月二四日に出国し、同年一二月三日に帰国した。

原告は、旅行出発前に、利益が上がった株式を売却し、熊谷組株式を買い付けるように坪井に指示しており、坪井はその指示に従って同月二八日にトーメン及びニチメンの株式を売却して信用決済益を出し、熊谷組株式を買い付けた。熊谷組株式の信用取引による買付けについては、株数とおおよその買付け値段が旅行出発前に原告から坪井に対して指示されていた。

(三) 平成元年一二月七日の新日本製鉄ワラントの買付けについて

原告が右ワラントの買付けをするに際し、坪井は、ワラントの価格について「株が一割上がるとワラントは約三割上がり、株が一割下がるとワラントは約三割下がる。ワラントは非常に値動きが荒い。」旨説明し、またワラントの行使期限について「信用取引は半年で決済だが、ワラントの行使期限はもっと長い。」旨の説明を行い、原告に対し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を交付し、同説明書末尾の「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙第五号証)に原告に署名押印してもらって、その部分を切り離して、ワラント買付け当日の平成元年一二月七日に回収した。この点、原告本人尋問の結果中には、乙第五号証への署名押印を否認し、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」の受領を否定する部分があるが、前記各証拠に照し採用できない。

(四) 平成二年五月七日及び同月一一日のいすゞ自動車株式の買付けについて

坪井は、いすゞ自動車株式が前月に値上がりしたので同株式の買付けを推奨し、原告は、いつものとおり株価の動き、出来高等を確認して買付けの注文を出した。

(五) 平成二年五月二八日の旭硝子株式二〇〇〇株の信用取引による買付けについて

坪井は、旭硝子が代替フロンを開発していること及び「野村證券の手口が出ている。」旨述べて野村證券が買付けを推奨していることを材料として旭硝子株式の買付けを推奨し、原告は買付けの注文を出した。

二  右に認定した事実に基づき、本件各取引について、原告の主張を検討する。

1  大林組株式買付けについて

原告は、坪井は「野村證券が推奨している。必ず値が上がる。」と述べて勧誘した旨主張するが、そのような事実は認められず、他に坪井が断定的判断の提供を行った事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、大林組株式買付けについての断定的判断提供禁止違反の主張は理由がない。

2  熊谷組株式買付けについて

原告は、熊谷組株式の買付けは坪井により原告に無断で行われた旨主張し、また熊谷組株式の買付けの記載のある信用建株明細表(乙第三号証の一ないし三)の「(各日付)現在の建株は上記の通り相違ありません。」と不動文字で記載された建株明細確認欄への署名押印を否定して、同部分の成立を否認する。しかし、熊谷組株式の買付けについての売買報告書が約定日から数日内に原告に郵送され、原告も帰国数日後には、それを見てその内容を認識していたものと認められること及び甲第七号証、乙第六号証の一、二及び証人坪井良三の証言によれば乙第三号証の一ないし三の原告作成部分の真正な成立が認められ、原告は平成元年一二月五日、平成二年二月一六日及び同年五月一六日現在の合計三回にわたり熊谷組株式の買付けの記載のある建株明細表の確認を行っていることが認められること、更に、原告は、被告に対して熊谷組株式の買付けについて無断売買であるなどの抗議を当時は一切行っていなかったことに照らすと、前記認定のとおり、熊谷組株式の買付けは原告の指示に基づくものであったと認められる。

なお、原告本人尋問の結果中には、旅行出発前に買付けを指示したのは住友金属工業の株式であったのに、坪井は原告に無断で熊谷組株式の買付けを行ったとする部分があるが、前記各証拠に照し採用できない。

よって、熊谷組株式買付けについての無断売買の主張は理由がない。

3  新日本製鉄ワラント買付けについて

原告は、坪井は原告に、原告の資力、投資経験及び意向等に適合しないワラントの買付けをさせたとして適合性原則違反を主張する。しかし、前記争いのない事実等及び前記各証拠によれば、原告は、本件取引当時七二歳の高齢であり、家業の農業を長男に譲り無職であったものの、株式現物取引の経験は二〇年以上、信用取引の経験は一〇年以上あり、本件各取引の前後に被告において相当多数回の株式現物及び信用取引を行っており、株価の動きについて自らグラフを作成するなど株式投資について相当程度研究し、株式取引についてかなりの知識を有していたことが窺われ、また、被告における原告の預り資産総額は本件取引当時数千万円あり、しかも、それは出し入れをあまり行わない恒常的な株式等の運用資金であったことが認められる。とすれば、本件の新日本製鉄ワラントの買付けが、資力、投資経験及び意向の点で原告に適合せず坪井の行った新日本製鉄ワラントの買付けの勧誘が違法であったということはできない。

また、原告は、坪井は原告に対し、ワラントの商品構造、リスク等を十分に説明しなかったとして説明義務違反を主張する。しかし、前記認定のとおり、坪井は原告に対してワラントは株よりも値動きの変動が激しいこと及びワラントには行使期限があることを説明し、原告は「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を受け取り、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名押印して坪井に交付しており、またワラント買付け後に坪井から原告に交付されたワラントの預り証には、権利行使期限の記載があったことが認められることから、先に認定した原告の株式取引の経験及び知識をも考慮すれば、原告は、ワラント取引のリスクについて、少なくともワラントの価格は理論上株価に連動するがその変動率は株式に比べて大きくなる傾向があること及びワラントは権利行使期間が終了したときにはその価値を失うこと等の重要部分は理解していたものと認められ、坪井によるワラントの買付けの勧誘が説明義務違反により違法になるとは認められない。

なお、原告は、坪井は「今買ったら利益が得られる。全責任を持つ。」旨述べて断定的判断を提供したと主張するが、そのような事実は認められず、他に坪井が断定的判断の提供を行った事実を認めるに足りる証拠はない。

4  いすゞ自動車株式買付けについて

原告は、坪井は「買えば必ず儲かる。」旨述べて断定的判断を提供したと主張するが、そのような事実は認められず、他に坪井が断定的判断の提供を行った事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、いすゞ自動車株式買付けについての断定的判断提供禁止違反の主張は理由がない。

5  旭硝子株式買付けについて

原告は、坪井は「野村證券が買うので必ず値が上がる。」旨述べて断定的判断を提供したと主張するが、本件全証拠によっても「必ず値が上がる。」旨述べたという事実は認められず、他に坪井が断定的判断の提供を行った事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、原告は、坪井は原告に、原告の資力、投資経験及び意向等に適合しない信用取引をさせたとして適合性原則違反を主張する。しかし、前記3で判示した原告に関する事実によれば、本件の旭硝子株式二〇〇〇株の信用取引が、資力、投資経験及び意向の点で原告に適合せず坪井のした買付けの勧誘が違法であったということはできない。

以上により、本件各取引について原告が主張する勧誘等の違法は認められないが、このことは、原告が新日本製鉄ワラント及び旭硝子株式についてもその買付けの記載のある建株明細表の確認を行っており、本件各取引すべてについて取引当時は、被告に対し何らの抗議も行っていなかったことからも裏付けられる。

三  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却する。

(裁判長裁判官 萩尾保繁 裁判官 小川浩 裁判官 楡井英夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例